物部神社参拝

2019年8月22日

長年の課題であった島根県の一宮、物部神社(もののべじんじゃ)にこの日曜日に参拝しました。
宿泊は、レンタカーの都合で出雲市にて2泊。 静かな場所です。 7時で喫茶店も閉まってしまった。 初日は蕎麦が好物なので、出雲蕎麦を頂きました。 なんだか肉食したくなくてどうしても蕎麦などしか食べられず。

参拝の日曜日は、朝9時過ぎに出雲市を出発。 アフラマズダが社名の由来の(まあ、それは良いけど)、マツダレンタカー、デミオで出発。 天気にも恵まれて快適。
最初ナビの使い方にちょっとあたふたしたので、係りのおばちゃんに操作してもらい、物部神社に行きます、と言うと、行った事無いと。 石見の国一宮なのにやや知られていないのかな、とか思いました。
「死者をも蘇らせる、”まかるかへしのたま”も鎮座まします、すごいところみたいですよ。」というと眼をぱちくりですが、いかんいかん、直ぐにヒケラス悪い癖。
「ご縁があったらお参りください」と、軽く言葉を残して、1300CCのエンジンがうなる、ってほどではないか。

旅程、ナビの言うとおりに進み約1時間でした。 意外と早くつきました。 もっと山の中をイメージしてましたが・・・

これが長年にわたって参拝の課題の神社か、と思う前に、その圧倒的な存在感、としか言えない佇まいの神社です。 (写真を載せてよいかどうか迷うのでまだ載せずです。 ちなみサイトは、http://www7.ocn.ne.jp/~mononobe/)
そして、ああ、やっぱり、走行距離の積算数字をみると、”59664”だ。 これなんだな、やはり。 ある意味もう驚かぬ。

創建1500年とは思えず、若々しい感じがする神社です。 ご挨拶の後、境内をうろうろして、摂社、末社にもご挨拶です。 これが、見たことも無い我が祖父の見ていた風景か、と思うと感慨ひとしおですね。
さて、昔いじっていた尺を持ってくるくるとかしていたら、ずしんと重くなりました。 エネルギーがが降りてきたのでしょうか。 尺の周りが赤っぽくなっていたので、余計なものどけ、とか言って振り回していました。
また、頭の上がもぞもぞしておりましたが、写真を撮るのに夢中になっていましたら、鳥居のところから白光が射し、そして頭のてっぺんが光っていました。 体全体が光るというところまではまだまだでしょうか。

そしてまたうろうろしていると少し分かりにくい場所にある仏像がありました。 なんだか、これは重要な意味がある、とピンときたので神主さんに聞くも、分からん、とつれない変事。 しかし・・・と思って丁重にご挨拶した次第。

2時間ばかりうろうろしてご挨拶してホテルに帰ることにしました。 なんだかやっと来た、の思いばかりが強かったです。
まだ昼を少し過ぎたぐらいですので、帰路に、やはりここまできて出雲大社に参拝しないのもなんだあ・・・と思うようになり、急ぎ向かいました。 祈願せず、ご挨拶だけと思い車を走らせました。 そして、着いてご挨拶とともに写真をぱちりととると、もう最後の一枚だったのです。
と茲までの挨拶の前に、頭の中に”もう一度来い(来なさい)”と、言葉が何度も聞こえます。
それで出雲大社を後にまた物部神社に行くことにしました。 なんでかなあ、と思いますが、時間もあるし、そうそうこれないのでまた行くぞ!と元気に向かいました。 そのときに思ったのは、なるほど、”黄昏時(たれそかれどき)”に来なさいということなのか、と一人で勝手に納得。 そしてまた戻ったのです。 無事に再度のご挨拶を終えると、さあ、今度は帰ろうと車を動かそうとすると、時間が、16時49分でした。 これでもか!という感じですね。

こうして出雲の旅は終わるのでした。 嵐のようなことは無かったですが、なんだかやっと来たの思いがいっぱいでした。

帰京してさっそく、写真を現像にだしました。(行く前に何故かデジカメ故障したのです。)
そして、近しい記憶を見るように一葉一葉みていくと、最後の写真が!

それは出雲大社にて写した最後の写真は、あの有名な、大国主命が手を上に上げて海より来たりた我が魂(直霊)に会ったという情景を写した写真でした。
此度の参拝に対して非常に寓意を(勝手に)感じます。

ということで出雲参拝記でした。

マイミクの方たちとどこかに参拝でも行ければ良いですねえ。