超能力と霊能力

2019年8月22日

超能力というのは現実界での潜在能力の一部ではないかと思います。
だから体重の何倍のものを持ち上げるとか、多桁の計算が一瞬にできるとかの人間の能力ではないでしょうか。また大部分の人間は、生きていく上でこれらの能力の発露の必要性が特にないならば眠らせたままではないかと思います。
またこの力は心の奥(無意識=菴摩羅識)にマグマのように眠っていると思います。休火山ですね。

次に霊能力ですが、これは”霊体としての能力”と言えると思います。そしてその力とは仏教でいうところの、”六神通力”だと思われます。

我々は現実界では霊体を被うように肉体をもっている存在であり、肉体を抜けて霊体だけの存在(所謂霊)になると霊界に移動することが出来ます。 ただし、何らかの理由や意思でこの現界に留まることがあると思います。
人間の面白いところは、霊界に肉体をもったまま出入りできる存在を神人とか神仙とか呼ばれている存在にもなり得ます。よって、霊界の霊体だけの存在もこの世に出現できることもあるようです。(それが所謂幸せかどうかは別の話でしょう。)

現界と霊界での我々の存在を考えると、共通項である”霊体”は、その性能というか力と言うか、所謂六神通力は肉体を持っているとその力が出し難いですが、霊体だとだしやすい。 しかし、だからと言って全知全能というわけでもなく、ルールもあり霊体も成り往く修行する存在であります。 だからその修行で失敗すると”汚れた霊”とか”悪霊”とか言われてしまいます。

基本的にあの世が本籍地で現界が赴任先のような感じです。あの世がこの世を作ったようですが、互いに影響を与えているようであります。

以上より、超能力と霊能力は出現させる”場”によって同一のものを呼び方を変えたり、現界での肉体的な努力、精進より獲得した新しい出現方法と呼べます。 霊能力が超能力を包含している感じですね。

霊媒師とかはあえてこのような霊体の欲望やの要望に応えて自らの肉体にその霊体を招き入れる能力をもった人です。 つらい仕事だと思いますね。
霊能力や超能力が発現した方が良いのかどうかは少し考える必要があると思います。 場合によって異なると思いますし、人間的な努力こそが本来の目的に添っている場合があるからです。

また気をつけなければいけないのは、神の力とか宇宙からの光を降ろすとかいうものです。 完全否定はその可能性がゼロでないので出来ませんが、拝んで欲しい霊体の場合が殆どです。昔の御霊信仰です。ただし、親切で慈悲深い霊体もいるとは思いますので時として判断に迷います。
上記のように考えると”外”からもらえる力ではないと思います。また金額評価は出来ないと思いますし。

今回(と言っても7年ほど前ですが)の現象は、あの世からかまたはこの世に留まっていた霊体が、ある目的によって肉体に入ろうとしたものだと思います。(理由は追求していません。)
元気がなくなっていたのでその油断を突かれたのでしょう。 とは言え困っていたからどうぞとはこの分野では言えませんから、基本的に霊体になったらあの世に還るのが基本的な選択であるようです。

上記は私の勉強の成果の一部でまた説明不足があると思いますし、誤解もあるかも知れませんのでご参考までにお願いしたく思います。また短く言い難い部分もあります。
また所謂霊能者とか実は嫌いでは有りません。何事も本物も偽者もいますが、本物は上記の"神人”である可能性も有りえますので。でも可能性はとても低いようですが。

機会をみてまとめようと考えております。