神仏の御力を目の当たりに

2019年8月22日

あの病気が治ったとかいわんや危篤状態が治った。それは、あの神様、あの仏様に祈るととかあの神主さん、お坊さん、または行者さんと等々の話が、”お陰話”として宗教団体等の宣伝に使われます。 そんなこともあるだろうなとは思っておりましたが、目の当たりにするとその実力はすごかったです。

光をおろすとかイメージするとか前の日記に書いておりますが、じつは、そのようにしなさいという指導がはいったのでやったのですが、下ろすと(繋げると)天界からのの神仏の御力が発揮されやすいのかも知れません。 (この辺は増上慢になるかもしれないので断言なんかできず。)

”え~と、あの、複数の検査で悪性腫瘍に間違いなかったのだが・・・”
”だから入院か手術か、自宅療養かを聴きにきたのですが? 化学治療とかなどですか。”
”いや今日撮ったCTだとなにも映っていない、他の検査も異常なし。 変だなあ・・・”
”えっ、そうなんですか。”
”おかしいと言うか。う~ん。治療も必要なし。”

こんな会話を医者としました。1回目の検査は1週間前でした。 お盆は、ですからいらいらしておりまして・・・
癌患者さんは特有の匂いがしますが、そのにおいは既にしておりましたが、前日から薄くなりこの診断の日にはほとんど消えていたので変だな、とは思いましたが、結果は悪い予想に反しておりました。 ちなみに自分の家族です。

約1週間で悪性腫瘍がきれいさっぱりと消えていたことになります。 その間結構神様とかにブータレていたんですが。
話に聴いていた、”奇跡”が目の前でおきました。 その後背景をいろいろ知ることができたのですが、大きなシナリオと言うか物語がありました。 (これは言えないですけど。)

というのも、このような奇しきなる力を目の間に示されたのは、関係した私に何らかの責任がぐっと増えてと言うことみたいです。 とぽいうか今後責任重大みたいだなあ。

そんな夏の日、まだ暑し。