”型”の意味

2019年8月22日

成功の法則、ならば失敗の法則。
なんとかで成功を!という本はやたらとでており、私も成功しましたという成功例も載っていたりしますが、実際の効果はどうなんでしょう。

気持の持ち方とか、言葉の選び方というのが簡単ですから人気がありますが、効果をぜひ聞いてみたい。 それは私もぜひやりたいからだ。 現世的な成功はいろいろ事情があって達成していないからです。 なぜならば時と処によって真理は同じでも表し方や方法は違うだろうと思うからです。

しかし、ほんわかと思うには、それはやはり”型”なんだろうな、ということです。
金型に材料をいれて固めると造形物ができます。 そんな感じで、ユングのいう原型は精神世界で機能していると思うからです。
それは集合的な無意識世界に、個人の顕在意識、無意識にある。 そこにある限りないリピドー、達成されていない満足していない個人や、民族、人種等々の思いのエネルギー、を克服することにあるというのは面白いがここではまた別に。

さて、”母親”という原型を女性の素の存在が通ると、そしてその原型が”日本”か”欧州”かでだいぶ異なる。 一方は常に子を愛する・慈しむ、男性(父親)の協力・決断を仰ぐ、男性原理と女性原理の文化と統一を知っている。 他方は、慈しみ。愛することは同じだだ、同時に破壊のエネルギーを出現させると言った属性をもっているようです。 またキリスト教会が徹底的に女性原理・女性神を弾圧してきているのはいかがなものか。 それはさておき、これは環境や宗教と言ったもので原型自体が形成されるので違いが出るのだろう。
だからいろんな国や地域を個人の魂が経験と勉強のために輪廻するというと納得しやすい。

このほと作用にわれわれは型にはめられております。 そしてその型からの脱出とか克服をもって自由自在と言うはずですが、その達成には激しい苦痛と恐怖、絶望感にさいなまれるようです。 ならば、型を自由自在に変えていけばよいです。 観音変化はそれをおしえていただいているのかも。

さらにこの型は窮屈な意味だけでなく、物事の達成を確実に且つ迅速に行うためという意味もあります。

そして、密教においての最高神(仏)の大日如来もまた型によって、その徳を常に最高度に発揮しているということらしいです。
光明真言に、マカボダラ、というところがありますが、言語のサンスクリットでは、マハームドラーが原意で、”偉大なる型”であります。 この型(成功方法)を最高神仏も畏れ多くもなさっているというのがすごいなと。

こんなことを”型”から考えてみました。

死にゆくのが個人の”型”ならそれも栓なしの気分に至りて考えた次第です。
誰からも愛されない、何時も罰を与えられる、あらゆる局面で苦しむ、と言った現象の連続もそれがそうしているのかも知れません。

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