おれはお母さんの所に帰るんだ

2019年8月22日

竹内まりやの”返信”を聞いていたら急に書きたくなりました。 どうぞお笑いください。

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「ママー、僕ね、オレンジジュースも欲しいの。」
「まあ、さっき違うの飲んだばかりでしょ?」
「だって喉が渇いちゃったの。」
「まあ、仕方ないわね。」・・・

ちぇ、ガキはいいよな、僕ほちい、か。 俺は、そんな思い、したことないぜ。今日もこんなところで時間を潰してしまってる。 なんで、くそ、あんな商品売れる訳ないじゃないか、何が根性で売れだ。ちょっと意見、文句か、言ったらとたんに明日から来るな!か。まあ、いけ好かない野郎だったからついでに殴ったしな。 でも、さすがに金も底をつきそうだこのままじゃあ…

おい、さっきのガキ眠ってるぜ。 お母さんに抱っこですか。背中ぽんぽん叩かれておネンネですね・・・ 若い美人のお母さん、青いカーディガンがお似合いで。そのガキ、いや息子さんもあと十年もすれば悪態つくんだよ、俺みたいに。おれはいつもぶたれて叱られてばかりだ、愛情なんか無かった。なんか悲しくなってきたよ。本当に。いや、なんだあの小僧の安心しきった顔。
くそ、こちとら、職無し、金無し、女無しだ、ついでに体調も悪いや…

「癌ですね。なんでこんなに成るまで放っておいたのですか?」
いや、単に胃の辺りがしくしくするだけで、なけなしの金はたいて来たのは売薬の方が高いからで・・・ ええ!?癌?  何言ってんだこの医者!
「入院する必要がありますよ。」
ありますよ? 何言ってんだ食欲だってちょっと落ちているだけだし、それに少しスマートになって昔の服が着れてラッキーとか思っているんだよ、それをなんだよ、癌とかいうなよ。
「先生、なんで僕が」
「何で僕がって。あなたそんなに痩せるまで変だなとか思わなかったのですか?」 「御家族にちゃんと連絡を・・・」
おれは天涯孤独だ!!

「お前、なんだよ。元気ないな」
「おお、お前か。今日は愚痴を聞いてくれよ。」
「愚痴? 愚痴なんぞ聞きたくないね。こっちこそ聞いて欲しいよ。 ところでお前、顔色悪いな。」
「ああ。化粧ののりが悪いのだろう。」
「何が化粧だよ。お前、なんか変だぜ。」
「なあ、お前何のために生きて来たんだ?」
「何のため? そりゃ、子どもかな。」
「家族か。志が低くて良いな。そうか。子どもがいなければ?」
「また生意気な事言ってよ。まあ、家族というかそうだな、俺なんかと結婚してくれた女房のためかな。」
「女房か。そうだな。考えれば好きになるって不思議だな。」
「そうだろう。この親不孝者のおれなんかとな。」
「そうだよ、お前はよ・・・。」 「もういい加減成仏しろよ。毎夜毎夜俺のところに来ているのはお前のほうだぜ。」
「うううう、苦しい、悲しい、淋しい、口惜しい。なんで自殺なんかしたんだ。おれは馬鹿だった。この苦しみを取って呉れよ。あああ…親不孝を許してください!!!」

そうか、自殺はいかんのか。でもこの世に生きている意味なんてなんだろうな。癌なんて聞いた時は驚いたが、逆に変に冷静になったよ。しかしこの疼痛はしゃれにならん。 不摂生の賜物だ、へへ。
医者の奴、ちゃんと治療しないと後6ヶ月の命です、なんて抜かしやがって、1ヶ月過ぎたら病院なんて抜け出してやったぜ。大体お医者様、お前は神様か何かか。何で人の寿命が分かるんだ。寿命、か。生きて1回、死んで1回だ。プラスマイナスゼロ、って言うこと。 しかし何で生きてそして死ぬんだ。 分からないよ。

そう言えば、あの坊主のことが思い出してきた。 母親の胸で幸せそうだったな。 あの頃が一番幸せなのかな・・・ おれは父親無しだしな。理由は最後まで言わなかった・・・片親でクラスの仲間からずいぶん苛められたもんだ。でも喧嘩は強くなった…でもそれが何だって言うんだ。ずいぶん疎まれんだから。
・・・ ああ、痛いな。悲しくなったな。・・・ うう、痛い、なんだ急に痛い…痛い… おお、何とかしてくれ・・・電話も止められてるんだよ…救急車、救急車、うう、お母さん助けて!!

「勝手に病院を抜け出すからこんなこんなことになるんです。」
何言ってんだこのおばさん。ここは、病院か? でもどうやって。
「良かったですね。女性が一緒にいらっしゃって。でないと危なかったですよ。」
女性? だれだ?
「青い服を来た綺麗な人でしたよ。奥さんじゃないですよね。確か貴方独身だし。そう言えば何処に行かれたんでしょうね?」

そうか・・・ あの日あの時見た風景はおれの小さな頃のものだ。知っていたんだ。お母さんの胸に抱かれて一番幸せを感じていたんだ。 そうさ。おれは知っていたんだ。 そして、親が病気になって、親に何も出来なかった事をどんなに悔やんだか。そして、その報いか、俺にも同じ病気だ。 でも、親は生きろといってくれているんだな。 そうなのか。有難う・・・

「先生。あの方回復されませんでしたね。」
「そうだね。無茶するからだよ。全く人の話は聞かないで勝手に病院を抜け出したりするからだ。」
「でもね。先生。最初から回復は難しかったんでしょう。 とは言え、最後はいい死に顔でしたね。」
「なんだか付き添いの方がちらと見えたな。青い影を見たよ。」
「そうですか。それはそうと、最後は、おれはお母さんの所に帰るんだ。皆さん有難う、でしたからね。」
「お母さんのところね。父親は出番なしか。」
「まあ、先生。でも先生だって。そうでしょう?」
「うん。そんなところかな。」