これが現実 肉体労働回想

2019年8月22日

縁がありましてこの暑い中に肉体労働に励みました。
若いころとは違って、始める前はいろいろ心配になりました。 とくに体力です。 そして気力。 この気温、太陽の容赦ない熱、戸外の紫外線、労働そのものの強度(=辛さ)・・・
始める前に聞いた説明だと、塩をなめながら、水分はいくらとっても良いと。 さあ、どうしたものかな、本当にできるのか。 肉体労働はもう何十年もやってない。 そういえば1年前くらいに机を隣の部屋に運んだら息切れがしたのだ・・・

ちょっと考えましたが、やはり”やるぞ!”と。 7時前に集合場所に赴く。 そこの事務所でまさしくの作業着とラバー付き軍手を支給される。 着換える段になって、周りをみると年齢はさまざま、若い刺青があるアンちゃんから、結構年配な入れ歯わすれたのか、という爺ちゃんまでさまざま。 そして何台かのワゴン車に分乗で作業場に行く。 途中で無言でコンビニによって、あら、昼御飯かなと思うと朝ごはんの仕入れ。 食べないと仕事させないと。 朝ごはんは食べない主義なんですよとか、言ってられない雰囲気。 まあ、朝早かったから食べられました。

作業場は屋外の建築資材が置いてあるかなりひろい場所。 端から端まで歩いて15分くらいかかりそうだ。 ラジオ体操を皆でして始業だ。 ついに始まるか、体調大丈夫かねとやはり心配だが、ええい、ここまで来て何を言っても仕方ない。 まあ、具合が悪くなりゃ倒れちゃおう!というお茶目な発想で自分を奮い立たせる。

8時に作業開始だ。 とにかく鉄骨資材の置き場だから、これを種類ごとに仕分けして、専門の留め具で縛り、一か所に集めてトラックに載せられるようにするのが仕事。 確かに体力勝負です。 でも得てしてこんな場合に頭を使わないとけがをするものです。 慣れるまでは一個一個手順を確認しながら作業。
資材は一つが5kg~25キロで長さは50cmから2m50cmくらいでしょう。 作業は単純と言えば単純ですが金物なので手とかスパッと切れそうだし、そんな事故はおきると。 おお気をつけないと。 それにしてもじりじりする太陽の熱と資材の重さ、筋肉が疲労してきて感覚が薄くなるそれに何としてものどが渇く、渇く。 一日4L以上は水を飲んだか。いやもっとだろうたぶん。 しかし一緒にやっているオッサンというかじいちゃんは70歳だと。 すごい。慣れだよというけど。
こんな作業のときはとにかく時間が進むのが遅い。 まだ1分か、まだ20秒かよ! と自分でいらいらする。時計板を見た数は覚えていない。

休み時間は3回ある。 10時と12時と15時だ。 汗にまみれた服を着換えたり、ジュースが飲めるのでがぶ飲みしたり、そして12時にはご飯を食べると眠くなるので寝たりすると、休憩はなんて短い、と感じるなやはり。

長袖を着ているがやはり熱で皮膚がかゆくなる、要するに軽い火傷だ。 そしてクラっとしたりすると舌下錠をなめて作業はゆっくりと調整。 午後は体が慣れてきたようだが疲労はたまるのでますますキツサが襲う。 気も弱くなりそうだが、堪える。
そして、根性見せたるワイ、と少年漫画の如く気合いを入れる。 しかしそろそろ足が重くなって動作が緩慢になるのがわかる。 まずい、屈伸運動、するとがちがちになった筋肉があるのだ。

・・・・ と辛いことばかり書いたらいくらでもかけそうだが、意味もないので、この度ほんの数日間だがいろいろ学んだような気がする。

①肉体的にかなり厳しくなり、しかしそれを乗り越えなくては(オーバーですがね)いけない場合、”神様助けて”とは一言も言わないものだ。 自分が頼りとわかっていたのかも。 あまちゃんと自分で叱咤したように覚えている。 まあ、神は尊敬するもので頼るものではないのだろうか。
私がこんな事言うのは意外に思われるでしょうか。 自分の周りは自然と天は青空でしたよ。
②周りの人ができているのだから自分にもできる、という考え方は単純だけど有効。 できない人もいるようだが体力があまりにないとできないだけの問題だろう。
③このような辛い仕事を毎日している人たちがいる。 肉体労働は得てして学のない、粗雑な人がやるものだ、と往々にして特に育ちの良い男女が思うようだが、このような人たちがいるから社会は回っている。 職業に貴賤はない。
③肉体は動かすものだ。 実はきついのは2日目からで両日ともたぶん何トンという重さを運んだが、意外と肉体は最初喜んでいたような気がする。 使わないといけないんだな。
④意外とまだ耐えられるおっさんだな、と自分で評価。 35迄は結構体鍛えていたし野球なんぞもやっていました。 でも終わった後がね、きついよね。何もする気起きず、でした。

若いころはアルバイトと言えば肉体労働で、家電の配送や解体工事、ビルの防水工事、ちょっと簡単なとび職や、建築現場での職人の手伝い等々明確に思い出します。 厳しいけど懐かしい面もあります。 今の怪しいIT屋になるとはその時は思っておりませんでしたね。

こんな日記をなぜ書いたか・・・ スマホに渋谷区の面積を教えてもらうのが素晴らしい世の中だろうかとふと思ったのと、まだあちこち身体が痛いのが薄れてきて記録にのこそうかと思ったのが原因でしょう。